ドアの猫穴

日々思うこと・感想文・気軽に出来るボランティア情報とか書きます。

『みんなでひきこもりラジオ』のはなし

保育園・幼稚園の子どもに 「遠足が中止になったよ」と言っても 泣くことも残念がることもせず 「フーン」という反応しか返ってこなかった...というネット記事がありました。「またコロナウイルスのせいだね」って子どもはわかってる、と。

この今、幼い子どもだった人たちは少し早く「しかたない」という言葉を覚えてしまうのかも。と思いました。

 

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久しぶりに好きなラジオ番組のこと。

NHKラジオ第一『みんなでひきこもりラジオ』。放送は不定期で主に祝祭日の夕方~夜のことが多いです。パーソナリティーNHKアナウンサーの栗原望さんです。

 

 

基本は栗原さんひとりで 様々な理由でひきこもっている・いたことがある人、ひきこもり問題に関心を寄せる人などからの投稿、ハッシュタグを読む、出演OKの当事者と電話をつないで話す、シンプルな構成です。ちょっと昔の深夜の若者向けラジオを思い出します。

(私も2回、ハッシュタグのツイート、読まれましたw)

番組が始まったのが約1年前と聴いて「そんな最近始まったんだ、もっと前からあると思ってた」 と驚きました。緊急事態宣言で 誰もがある種の「ひきこもり時間」を持ったことから、企画されたのだそうです。

番組サイトで、一部書き起した内容が読めます。

www.nhk.or.jp

 

栗原アナがリスナーの投稿を読んだ後、何と言えばいいか、どんな言葉をかけたらいいかわからなくて沈黙することがあります。その間には、虫の音とか焚火のはぜる音とかASMRが挟み込まれていて、リスナーみんなでキャンプ場の夜を過ごしているような気分です。

 

ラジオ番組は無音・無言の時間を「放送事故」というくらい厭うものなのに、この番組ではそれが許されている。

沈黙の「間」に、リスナーはホッとするような、自分も「許されている」ような安心感を得ています。

テレビもラジオも動画もSNSも、「『意味のあるもの』に埋め尽くされている」ことに、息苦しさを感じることがたまにあります。

おもしろいもの、感動できるもの、役に立つもの、得するもの。

みんな意味が、目的がある。ということを突きつけてくるのが、一般メディアなんだと思う。

ひきこもりの人間は 「意味のあるものだらけ」に感じられる世界と、自分を対比してしまいがち。この生活、もっと言うと自分の命が、「無意味」なことの落差に、さいなまれ、追い詰められる。「何の役にも立たず、意味の無い時間の浪費をしてる自分は、いないほうがいいんだ」と。

…これは私が引きこもってたときの気持ちなので、すべての方がそうとは限らないけど、番組に寄せられるお便りが、そういう「周囲と、自分の現状を比較しては、落ち込む」内容が多いなと思ったので、やっぱりそうなのかなあ、と。

ひきこもってラクになってる人は、いないですね。ひたすら自分と向き合う時間だけが増えて己と格闘してる、外からはわかりづらいけど。そしてドアの外の現実を見るのは もっと怖くて疲れ果ててしまう、という状態。

ジレンマがわかるから、かける言葉が、なんにも見つからない。

言えるとすれば、「わたしたちが、ここにいるよ。あなたがそこにいる、ということを知ってるよ」と、伝え合うことしかできない。

それだけなんだけど、それは意味は無いかもしれないけど、ただむなしいことではない、と思う。思いたい。

何しろ

「『いる』ことを肯定されたい」

「何も出来ないまま生きていることを許されたい」

のが、ひきこもっているときの心の状態だと思うので...それは伝えられる番組だと、思います。

  

次回放送予定はまだ未定ですが また聴きたいので是非やってほしいです。

 

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