ドアの猫穴

日々思うこと・感想文・気軽に出来るボランティア情報とか書きます。

憲法大集会 行ってきました。(写真多め)

5/3に開かれた 2026憲法大集会 行ってきました。

kenpou2020.jp

場所は有明防災公園。毎年開催されているのは知ってたけど足を運ぶのは初めてでした。

どこに行くにもひとりで平気なので、ホイと行って黙って参加して帰ろうと思っていたのですが、思いがけず周囲の方との交流も生まれました。同じように「おひとりさま」の方が多数いらっしゃったと思います。個人の集まりとしての 平和を願う集会でした。

私はずっと後方のほうにいました。SNSで「 存在しない架空団体ののぼり」を持った、国会前の集会でもお見かけした方が集まっているのを発見して、何となく安心したので、そこにレジャーシートや本などを持ってひとりで座ってました。

自作ウチワ

メインステージがあり、主催者やゲスト、ミュージシャン、野党議員などが登壇してスピーチを行いました。ステージ近くに日ごろから団体活動をされている地域や学校職員、業界の皆さんが集っていました。むかし父に連れられて参加した労働組合のメーデー集会・パレードに近い雰囲気がこの辺りだったと思います。

広い公園なので他にもいくつかスピーチできる場があったり ブースを立て物販をしている団体のコーナーがあったり、キッチンカーがごはんを売ってたり。連休中あちこちでやっているイベントと雰囲気は変わらないです。

9条ティラノさん&憲法カエルなカエルさん

ぬいぐるみ集合

「おひとりさま」レジャーシート勢の、両隣の方から「鎌倉殿のどーもくんですよね」と声をかけてもらった。護憲派に認知されているども時くん。お隣の人は藤本有紀脚本が好きで再来年の「ジョン万」が楽しみだそうで「(大河ドラマが)そのときにも、ちゃんと放送される社会であってほしいです」というお話をしました。

さまざまな願いを込めたプラカード

ニュースサイトでも取り上げられるようになった 「架空団体によるデモ・集会のぼり」ですが、ザックリ経緯を説明すると 発端は 「反戦や政府与党批判をしている者、最近集まって声を上げるようになった者らは、特定団体に報酬をもらったり洗脳されて『動員』されてるんだ」という決めつけに対して「我々は、個人の意思で活動しようと思い立ったんだ」 というカウンター行為、その意思表示です。

韓国大統領の、戒厳令阻止~大統領弾劾のデモで、個人の参加者が思い思いにフラッグを作り掲げたことにヒントを得、ならって続々アイデアにあふれたのぼりが生まれています。韓国の方からも連帯の声が届いてます。

天気も良かったのでひるがえる旗は見ているだけで心晴れやかになるものがありました。

これはいいなぁ

「〇〇のオタクですね?」というものが多いのは同人活動などを経験されている方が多いのかなあ、培った「見せる・読ませる」ノウハウが発揮されてるのかなと。デザインも言葉もセンスが各々輝いてる。昔から描いたり書いたりするのが好きだった人たちなんだろなっていうの、伝わってくる。

この写真の 某テニス漫画のファンでフラッグを振っていた方、「新作(舞台かな)が発表されたけれど無事に上演できるかが不安で仕方ない」と仰っていました。

大集合記念撮影 拡大して見てね

普段のオタクの活動。日常話す趣味のこと。こういう活動も表現の自由・言論の自由が守られている今だからできること。権力による弾圧があったらできないこと。この抵抗は当然のことです。私もそのなかのひとりと思っています。ジャンルはさまざまあれど、守りたい。こういう集会は好かない、行きたくない、という主義のオタクの皆さんの活動の自由も含めて、そう願う。望むと望まざるにかかわらず同じ社会という舟に乗って生きてて、誰も無関係じゃいられない。

 

SNS廃が言っても、説得力ないけど

「生身の体の人間がそこに現れることの迫力、見た人の心に残す跡の深さ」

てのは社会運動で大事だと感じます。 で、「これってライブや同人誌即売会の楽しさを経験してるオタクには理解しやすい現象だな!?」と思いました。

どんなに情報を瞬時・精彩に伝える技術が発達しても、「物理的な人のからだ」が発する、空間を占めるエネルギーに敵うものはない。

うまくしゃべれなくても暴力を行使しなくても、からだ があることじたいに、訴えるちからがあります。だから伝えたいことがある人たちはひとつの場に集まるんだなって。

変化を恐れる人は、集まる人を、自分たちと同じ人と見なさない様に目を逸らしたり、「あっちがわ」のレッテルを貼ったり、茶化したり、威嚇したりするし、また集まることをつぶせるよう法を変えようとする権力があるんだろうな(国家情報局設置法案に反対します)。

部屋にこもって、ひとりで「いちども今の政権を支持したことないし投票もしてないのに、せっかく今ある自由を投げ捨てるような、地獄に続くみたいな道を、だれが選んでるの? なんでこうなっちゃってるんだ」と悶々としてるよりは「からだを運んで」 出かけて行って、空の下で風を感じて 「不安がっている人がこんなにいたんだ、自分だけじゃなかったんだ」と実際に見るのは、心と体の健康に良い。

 

先ほど書いた、活動団体のブースも回ってみました。

『原爆の図』を所蔵する、丸木美術館の寄附活動。

公害病患者の会。原発事故避難地域住民の会。

君が代歌唱強制・国旗損壊罪に反対する学校教職員。平和学習をする高校生。

入管法改正・難民支援、移住者の出身国物産の販売。

プロテスト(抗議やデモ活動)や日常で身につけられるグッズ販売。

政治ルポタージュや評論の出版社 などなど。

いくつかのブースで説明を読み、賛同できるものは購入したり署名したり。

そうした団体って、かつて私も街で目にした時は「自分とは違う『あちらがわ』の人たち」「命捧げてる、覚悟決まっちゃった人たちのカルト的な圧力団体」というレッテルを貼っていた人たちで、けど対面して話してみれば「活動してないときは仕事や生活、自分の時間があって、その合間を縫ってやってる。家に帰れば私と変わらない人たちなんだ」と感じられた。そうしてフィルタを外して同じ人として見られたのは、自分もやってみたからだ、と思う。

それにこうした息の長い団体の方々が、先達として、ノウハウと場所を守ってきてくれたお蔭で「おひとりさま」が飛び込む素地があるんだよな、ありがたいことだなって。

集会のイシュー自体は切迫した、シリアスで「楽しい」とは言い難いものだけど、行った後は確かに「楽しかったなあ」 という手ごたえが残りました。フォロワーさんがわざわざ探して見つけて下さったのも嬉しかった~。

同じ日、全国で街頭活動に出てくださった(今日もどこかで)皆さんもお疲れさまでした、ありがとうございます。折れずに疲れ果てないよう休みながらやっていきましょう。

残念ながら国内のメディアではやはり報道されることは少なかった。マスコミはけっこうたくさんいた、けど報じられるまで行かない...。

「知らなせないように、報せないうちに」 国の形を作り替えようとするのは卑怯で姑息だなと思います。海外マスコミの取材と報道のほうが私たちの声を届けているくらい。国外からは、日本がふたたび軍備を増強していることが、強く危惧されてるから。

せめてその国外での報道にによって 「政府が進めようとしている再軍備・軍拡は、日本国民の総意ではない。やめさせたいとはたらきかけている市民がたくさんいる」 ということが、世界に伝われ! と思います。

www.bbc.com

www.bbc.com 

積み重ねてきた 「日本は攻撃しません、武器で商売をしません」 の信頼のブランドを毀損しないでくれー! と叫びたい。

唐突に終わります。