ドアの猫穴

日々思うこと・感想文・気軽に出来るボランティア情報とか書きます。

「キライ」を「コワイ」にすりかえて

自分は誰かに向かって、「あんたが嫌い」なんて言う人間ではない。と思いたい。

そもそも「嫌い」という気持ちをもつことじたい、とても悪いことのように感じてしまう。

だから「嫌い」の感情を「怖い」にすりかえる。

嫌なものに出会うと「イヤだ」と思う前に、寒くなって震える。腹が痛くなる。めまいがして倒れる。

体の症状でしか、表現できない。

それが得意技のようになってしまった。

「怖い」ものは、実は「嫌い」なものだったのだ、と

気づけただけでも、思春期の頃よりは進歩しているのかな。

でも、別に「ヒトを嫌ってはいけない」なんて、誰に教えられたわけでもないのに。

どうしてワタシはその思いにとらわれているんだろう。