ドアの猫穴

日々思うこと・感想文・気軽に出来るボランティア情報とか書きます。

ドラマ10大奥(第1シーズン)観てました。

ドラマ10大奥、すごくおもしろかった〜!!

www.nhk.jp

原作漫画未読です。(すいません...)けど「漫画で描かれた世界のエッセンス、大事な『芯』は失わないドラマ化だった」 と原作ファンの方がおっしゃられていたので、恵まれたドラマ化だったんだなと思いました。豪華絢爛な衣装とセット、すばらしかった...大河ドラマっぽさもありつつ、ちょっとくだけた演出もありつつ。

江戸時代の長いスパンの中で、キチンと装束の変遷がある(大きな変化は女性の髷、男性の肩衣かな)のがとてもコダワリを感じて、歴史好きにも響きました。

男性の人口が極端に少ない社会を作り出した、疫病との戦いが大きなテーマですが、NHKでのドラマ化の企画が立ち上がったのは、まだ原作連載中の16年も前だそうですね。こんなにタイムリーに響く世情になるとはその時は誰も予想しなかったと思います。

大きな柱になる3人の将軍の境遇、

家光→最初の人柱、前例のない者として何も分からず子どもの頃に攫われてきた
綱吉→次代を産む者として、大奥の中に生を受けた
吉宗→成人してから、外の世界の視点を持って大奥にやって来た


みたいなそれぞれの時代の幕府の体制とか生い立ちの違いが面白かったです。

三代家光編~五代綱吉編は、ちょっとしんどかった...。

権力の頂点、きらびやかな世界に住まう将軍と正室側室の美形の男たち。でもどんなに飾っても彼女と彼らに求められているのは徳川の血を引く子どもを産むための「腹」と「種」という、生殖の機能。避けようのないグロテスクさを突き詰けられて、目を背けちゃいけないけどかなりつらかった…。このドラマの男女逆転設定はSFだけど、大奥という場所は紛れもなくそのような目的で、実在してたんだよなあ。

猫をかわいがるのも学問を修めるのも、ひとつひとつの生産的ではないとされてしまいそうな「いとなみ」が、「私は、私たちは、心ある人なんだ!」と、叫ぶ、制度にあらがう、男女共闘の形だって、私は受け取った。

親子の関係についても、「誰かのためを思ってすることも、また深い我欲ではないか?」という問いを投げかけられた感じがした。跡継ぎを産むためだけに必要とされてしまったひとびとの孤独に寄り添って、生きる意味を見出すために、大奥をととのえた有功。その有功の志を継ぐ者だったはずの玉栄なのに、娘の綱吉には、「何が何でも子を成せ、そのためなら親としてなんでもやる。」とプレッシャーをかける、ああいう毒爺になってしまうのは、人間ってままならないな…って思った。

あと、綱吉の側近・柳沢吉保の感情…。SFである大奥世界でも女性間の性愛は秘めるべきもの、とされているのかな。死の間際に、やっと打ち明けられた重い執着が伝わってきて、ウーー吉保ーーー!! って悲しかったです。

そんなしんどさの積み重ねののちに登場した、八代・吉宗公がッ…

とにかく脳直で『冨永愛さんかぁぁっこいい...好き...!』 って思いました!!

圧倒的「統治者」オーラ...女性の身体だけど直線的で抽象芸術のような...モードを感じる黒のお召し物...御鈴廊下がパリコレのランウェイ...。

そんなパーフェクトビジュアルでいて、身近な人にはお茶目な表情を見せるところ、まるで「政治オタク」って感じで夢中で考えのめり込むところ、とてもおもしろくって、バランスが良いお方。跡継ぎを産むこともビジネスライクにサクサクこなしていく。父親は誰でもよいっていう、現代の感覚でも過激なくらい割り切ってる。いきんでる最中までも政のことを考えて、上方のアキンドに怒り散らして、そんで元気な子を出産するの笑っちゃったわ...(あれは原作にあるシーンなんですね(⌒∇⌒))

そんなとこ見てて 自分はフィクションの女性キャラって(男性キャラに対する感情に比して)あまり思いいれることないんだけど、この上様には 「恋しちゃう~❤」と思った! こういう女性主人公見たかった~! 夢侍従になりてぇな~! というか現代で総理大臣になってほしいよ、官房長官の加納様とセットで!

情がないとか 人として何かが欠けてるかも とか、自身では仰られてたけど…そうなのかな? 私は好きだよ…。従来の家族像ではないけど、家族もちゃんと、大切に思う上様だったもの。杉下との「夫婦」関係や、娘の家重の見えにくい才能を信じる心、めちゃくちゃ良かったよ。あの超サバサバこそ吉宗の力、閉塞した世を切り拓く新しい時代を作るために現れた女性なんだと思う。

少し引いて見ると、もしもあの完璧超人な吉宗のまま 自分の流儀で、理解されないまま突っ走ってたら幕府の財政は立て直せたかもしれないけど、民を財源の泉としか観ていない冷酷な将軍と呼ばれて、大きな一揆などの叛乱を招いたかもしれないですね。

大奥の男たちに対しても、藤波の指摘のように「種馬としか見てない」 慈悲のない主になってしまってたかも…

でも彼女にも「自分には何かが欠けておるのでは」と、気づける「隙」があった。杉下という、相談できるパートナーにも恵まれた。

藤波の言う大奥の存在意義、「そこにいるのも生きた人間であること・文化と慰めが必要なこと」を語る言葉(それは家光時代の有功や、綱吉時代の左衛門佐の想いでしたね...)や、目安箱に届いた医者(民)の願いに耳を傾ける、心の余地があった。

没日録を読み、大奥の成り立ちを知り、先人の積み重ねの上に自分がいること。さらにこの先の国のこと、滅びの道を避ける方法を考えられる人でした。

子どもの頃を振り返っても綱吉に会った時 「自分は美しくあることに興味がないのでかんざしはいらないけど、世話になっている家臣にあげたい」って言う思慮もある子だったな。そういうのを見込んで、この人こそ将軍の器だと加納久通は惚れこんだんだろうな...。

そして汚れ仕事を久通が引き受けてきたから、上様は名君となり輝かしい御方でいられた。周りの人に恵まれた、運も良かったんだな、っていうのは、それは思いました。

吉宗編の気持ちよさの理由って「家臣も家族も民も、意見を口に出し、言うべき相手に伝える」→「それを聞いた吉宗が、行動で応える」 という コミュニケーションと改善が、健全に回ってたからだと思う。まるで丁々発止のチャンバラみたいに爽快に感じました。

すれ違いや伝わらなさを味わう物語もあるけど、それは家光・綱吉の時代までで描いてきたから、吉宗編でサッと切り替えて政治と疫病との戦いになるの、気持ちよかった。この冨永上様と家臣メンツが成敗する令和版暴れん坊将軍は観たいよね。かっこいいからね...!

吉宗バンザイな話になっちゃった! でもホント、冨永さんのビジュアルが最高にブチ上がる美だったし、見たかったヒーロー像だったから。ええ、彼女はヒーローです。

そんな吉宗をもってしても、疫病の治療法を見つけ克服することはその治世ではかなわなかった。悔しかったですが、蘭学の解禁と貨幣経済への移行という道すじをつけ、次の世代へバトンは渡されるんだね...

秋の第2シーズン楽しみです!